気づいたらリトグリが一日中そばにいた
最近の一日は、だいたいこんな感じです。
午前中は仕事をしたり、PCの環境を整えたり。
昼ごはんを食べて、午後は家のことをする。
特別なことは何もないんですが、このバランスがちょうどいいなと思っています。
そして、その一日のどこにでもリトグリがいます。
場面ごとに変わる聴き方
CDをまとめ買いして、ライブ音源にハマって、気づけば毎日朝から晩までリトグリを聴いています。
面白いのは、場面によって聴き方が自然と変わっていること。
午前中はPCに向かっているので、スピーカーからfoobar2000で流しています。
作業のBGMとして、ちょうどいい距離感で鳴っている感じ。
昼ごはんのときはYouTubeに切り替えます。
最近プレイリストを作り始めて、ライブ映像をまとめて入れました。
ごはんを食べながらライブ映像を見るのが、いまの昼休みの過ごし方です。
午後は家の片付けをすることが多いんですが、そのときはBoseのヘッドホンで聴いています。
キッチンやリビングを行ったり来たりしながら、耳元でリトグリが鳴っている。
スピーカーで部屋に流れているのとは違って、ヘッドホンだと没入感がある。
片付けという地味な作業が、なんだか楽しくなります。
「聴く」と「見る」が増えた
foobar2000の記事で、音楽を聴く環境が整ったことで聴く時間が増えたと書きました。

サブスク全盛の時代にfoobar2000で音楽を聴く
SpotifyやApple Musicが当たり前の今、あえてfoobar2000を使い始めました。UIをカスタマイズする楽しさと、自分の好きな環境で音楽を聴く心地よさについて。
あのときはまだ「環境を整えた」段階でしたが、今はもう完全に日常に組み込まれています。
foobar2000を開いてリトグリを再生するのが、朝のルーティンの一部になっている。
そこにYouTubeが加わったのが最近の変化です。
音源だけでは物足りなくなったというより、映像で見たいタイミングが出てきた。
昼ごはんのように手が空いている時間は、聴くだけじゃなくて見たい。
それでプレイリストを作り始めました。
この生活が気に入っている
仕事をして、好きなことをして、暮らしのことをする。
どれかに偏るわけでもなく、全部がゆるく一日の中にある。
リトグリがそこにいるのも、意識して聴こうとしているわけじゃなくて、気づいたら流れている。
好きなものが自然に生活の中にある、というのがちょうどいいんだと思います。
ハマり始めた頃はCDを調べてカートに入れる興奮があったけど、今はもっと静かな感じ。
当たり前のようにそこにある、という方が自分には合っている気がします。